十全大補湯の肝臓がん再発予防効果

十全大補湯が肝臓がんの手術後の再発を予防し、その作用メカニズムとして抗酸化作用の関与を指摘した論文が、山梨大学医学部の第1外科のグループから発表されています。

Protective effect of Juzen-taiho-to on hepatocarcinogenesis is mediated through the inhibition of Kupffer cell-induced oxidative stress.(日本語訳:十全大補湯による肝臓発がんの抑制効果は、クッパー細胞によって引き起こされる酸化ストレスの阻害作用が関与する)Int J Cancer. 123]2503-2511, 2008

要旨:

肝臓がんはB型およびC型の肝炎ウイルスの感染やアルコールなどによる慢性肝炎や肝硬変を基盤に発生し、マクロファージや好中球などの炎症細胞から産生されるフリーラジカルによる遺伝子(DNA)の変異が発がんを促進している。
炎症部位でのフリーラジカル産生による肝臓内での酸化ストレスの増大が、治療後の再発リスクを高める要因になっており、肝臓内での炎症を抑え、活性酸素やフリーラジカルの産生を減らすことが、肝臓がんの再発予防の対策として有効であることが、多くの研究で明らかになっている。

肝臓内の炎症を抑えて肝臓がんの発生を抑制する治療法として、ウイルスを排除するインターフェロンや抗ウイルス薬がある。さらに、シリマリン、グリチルリチン、漢方薬(小柴胡湯、人参養栄湯など)、様々な薬草などが肝炎の治療薬として研究されている。

十全大補湯(TJ-48)は、動物実験などで抗酸化作用、免疫増強作用、発がん抑制作用や抗がん作用が報告されているが、ヒトでの臨床試験の研究は乏しい。
本論文の著者らは、肝臓の炎症が強いほど肝臓がん治療後の再発が早いことをすでに報告している。

本研究では、肝臓がんの切除後に十全大補湯(TJ-48)を投与することが有用であるかどうかを検討する目的で行った。その結果、十全大補湯(TJ-48)は肝臓がん手術後の再発を予防する効果があることが示された。

マウスを使った肝臓発がんモデルで、十全大補湯(TJ-48)が、肝臓内の炎症細胞の数を減らし、炎症性サイトカインの産生やDNAの酸化障害の程度を低下させ、肝臓がんの発生を抑制することを認めた。
また、培養したクッパー細胞(肝臓内に存在するマクロファージ)を使った実験では、ジエチルニトロサミン(DEN)で刺激したクッパー細胞からの炎症性サイトカインや活性酸素の産生を、十全大補湯(TJ-48)が抑制した。

以上のことから、肝臓がんの切除後に十全大補湯(TJ-48)を投与することは、肝臓の炎症を抑え、肝臓がんの再発を予防する効果がある可能性が示唆された

【臨床試験の結果】

2000年から2005年の間に山梨大学医学部付属病院で外科治療(切除手術あるいはラジオ波による凝固治療)を受けた48例について、十全大補湯(TJ-48)を外科治療の1ヶ月後から投与した10例と、対象群(TJ-48非投与)38例とに分けて検討した。十全大補湯(TJ-48)は株式会社ツムラのエキス顆粒製剤で、1日量はニンジン3g、、オウギ3g、ソウジュツ3g、ブクリョウ3g、トウキ3g、シャクヤク3g、センキュウ3g、ジオウ3g、ケイヒ3g、カンゾウ1.5gの10種類の生薬を煎じてスプレードライ法によってエキス顆粒にした製品。

対象群とTJ-48投与群との間には、治療前のがんの進行度や肝機能において差は認めなかった。

2005年12月に解析を行った時点で、平均追跡期間は25.8ヶ月であった。この追跡期間中の肝臓がんの再発は対象群が38例中26例(68.4%)、TJ-48投与群が10例中4例(40%)であった。再発がみつかるまでの平均期間は、対象群が24ヶ月であったのに対して、TH-48投与群は49ヶ月であった。これらは統計的に有意な差であった。

【動物発がん実験】

2系統のマウスを使い、発がん物質のジエチルニトロサミンを25mg/l混入させた飲水で10週間飼育し、さらに10週間は通常の飲水で飼育したのちに屠殺して、肝臓の腫瘍を検討した。
この発がん実験で、通常の飼料を与えた群(対象群)とTJ-48を1.6%の量で加えた治療を与えた群(TJ-48投与群)投与した群について比較した。

C57BL/6Nマウスを使った実験では、22週後の対象群のマウスでは22.2%に肝臓がんが発生していたが、TJ-48投与群では0%であった。DNAの酸化障害の指標である8-OHdG-陽性肝細胞の割合は、22週後で対象群が67%に対してTJ-48投与群では24.9%に減少していた。

肝臓がんを発生しやすい系統のC3H/HeNマウスを使った実験では、22週後に対象群のマウスは63.2%に肝臓がんの発生を認めたのに対して、TJ-48投与群では41.2%に低下していた。8-OHdG-陽性肝細胞の割合は、22週後で対象群が37.1%に対してTJ-48投与群では26.8%に減少していた。

DENによる発がん実験では、遺伝子(DNA)の変異ととも肝細胞のダメージに伴う炎症も発がん過程に関与している。
TJ-48投与によって、肝臓内の炎症細胞の数や炎症性サイトカインの産生が低下していた

DENを投与したマウスの肝臓から分離して培養したクッパー細胞を使った実験では、TJ-48はクッパー細胞からの炎症性サイトカインと活性酸素の産生を抑制した。

クッパー細胞は肝臓に存在するマクロファージの一種で、病原体や老廃物を取り込んで処理したり、サイトカインを分泌して免疫を調節する働きがあります。
ウイルス性肝炎においては、リンパ球やマクロファージが活性化し、炎症反応が起こります。炎症が起こると活性酸素やフリーラジカルが産生されて、酸化ストレスが増大し、発がん過程を促進します。

炎症が起こると、炎症細胞から活性酸素や一酸化窒素などのフリーラジカルが多く発生し、細胞を構成する成分を酸化します。これに対して、細胞内では活性酸素を無害にする酵素(スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼ、ペルオキシダーゼなど)や抗酸化物質(ビタミンCやビタミンEなど)によって体の酸化を防いでいます。体内での活性酸素やフリーラジカルの産生量が増えたり体の抗酸化力が低下すれば、体内の細胞や組織の酸化が進むことになります。このように体内を酸化する要因が体の抗酸化力に勝った状態を酸化ストレスと言います。

肝臓内で酸化ストレスが高まることは、肝細胞内のタンパク質や細胞膜の脂質や細胞核の遺伝子などにダメージが起こり、がんの発生を促進することになります。

この論文では、十全大補湯という漢方薬がクッパー細胞によって引き起こされる酸化ストレスの増大を防ぐ作用があることを報告しています。
肝臓がんで腫瘍切除を受けた48例の患者を、十全大補湯(TJ-48)を投与したグループ(10例)と、投与しないコントロール群(38例)とに分けて6年あまり経過を見ています。
6年間の間に多くの患者は再発しましたが、TJ-48を投与した患者はコントロールの患者と比べて、再発するまでの期間が長くなることが認められました。
また、発がん物質のジエチルニトロサミンでマウスに肝臓がんを発生させる動物実験で、TJ-48の効果を検討しています。この実験でTJ-48は、炎症細胞の活性化や炎症性サイトカインの産生を抑え、酸化ストレスによるDNAの酸化傷害を軽減し、肝臓の腫瘍発生を抑制することが示されました。

この実験から、著者らは、十全大補湯(TJ-48)による肝臓がんの再発予防効果は、クッパー細胞の活性化やそれによる酸化ストレスの軽減を介している可能性を指摘しています。
つまり、TJ-48は炎症を抑え、炎症性サイトカインの産生を低下させることによって活性酸素やフリーラジカルの産生を抑え、その結果としてDNAのダメージを防ぎ、発がん過程の進行を抑え、肝臓がん手術後の再発を抑えることができると推測しています

酸化ストレスの軽減だけが発がん抑制に関与しているかどうかは不明ですが、動物発がん実験と、人間での肝臓がん切除後の再発を、十全大補湯が抑える結果が得られていますので、十全大補湯による肝臓がんの再発予防の可能性は高いと言えます。

漢方薬によるがん予防効果の作用機序としては、抗腫瘍免疫を高めると同時に、抗炎症作用や抗酸化作用の関与が大切です
特に肝臓がんの場合には、肝臓の炎症を抑え、酸化ストレスを軽減することが再発予防に効果が高いと考えられています。

エキス顆粒製剤で有効性が認められていることは、免疫増強作用や抗炎症作用や抗酸化作用をもった生薬を多く使用した煎じ薬ではさらに再発予防効果を高めることができると思われます
十全大補湯のような補剤に分類される漢方薬の抗酸化作用や抗炎症作用はそれほど強くありません。抗炎症作用と抗酸化作用が高い清熱解毒薬(オウゴン、バンランコン、ハンシレンなど)を加えた煎じ薬を使うと再発予防効果がもっと高まると思います。

図:肝炎ウイルスに感染した肝臓内では、慢性炎症が起こり、クッパー細胞などの炎症細胞から炎症性サイトカインが産生され、慢性炎症が起こり、クッパー細胞などから活性酸素やフリーラジカルが多く産生されることが、発がんを促進する原因となっている。十全大補湯は、クッパー細胞の活性化を抑え、酸化ストレスを軽減することによって肝臓がんの発生を予防する可能性を示す研究結果が報告されている
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