食欲増進ホルモンの「グレリン」の分泌を高める六君子湯

【抗がん剤による吐き気はセロトニンにより起こる】

シスプラチンなどの抗がん剤は、強い吐き気や嘔吐を引き起こします。これは、抗がん剤によって小腸粘膜のエンテロクロマフィン細胞(EC細胞)からセロトニン(5-HT)が大量に分泌され、腸管や脳の5-HT3受容体に結合することで発症します。
したがって、セロトニンと5-HT3受容体の結合を阻害する5-HT3受容体拮抗剤(ゾフラン、ナゼア、カイトリル、セロトーンなど)を使用することによって、抗がん剤による吐き気や嘔吐の副作用はかなり軽減できます。

【セロトニンは食欲増進ホルモンのグレリンの産生を低下させる】

抗がん剤によって腸管のEC細胞から分泌されたセロトニンは、視床下部では5-HT2c受容体を介して食欲を低下させます。また、セロトニンは食欲増進ホルモンのグレリン(Ghrelin)の胃からの分泌を低下させて、食欲を低下させる機序も報告されています。
グレリン(Ghrelin)は主に胃から分泌されるペプチド(28個のアミノ酸から構成される)で、成長ホルモンの分泌促進、消化管運動促進、胃酸分泌促進、摂食促進(食欲増進)など様々な生理作用を有します。胃で産生されて、それが脳に作用して食欲を刺激する食欲促進系のホルモンと言えます。

【六君子湯はグレリンを介して食欲を高める】

最近の幾つかの研究で、六君子湯(りっくんしとう)がシスプラチンによるグレリンの胃からの分泌低下を阻止し、さらに脳内におけるグレリン受容体を増加させることによって食欲を高めることが、ラットを使った実験で示されています。
すなわち、抗がん剤のシスプラチンを腹腔内に投与して食事摂取量が低下した(食欲を低下させた)ラットに六君子湯を投与すると、摂食量が増える(=食欲が増進する)ことが示されています。(Gastroenterology, 134:2004-2013, 2008)
六君子湯による食欲増進の作用機序として、シスプラチンの投与によって増加したセロトニンによって胃から分泌される食欲増加ホルモンのグレリンが低下するところを六君子湯が阻止し、食欲を回復させることが報告されています。さらに別の研究では、脳内のグレリン受容体の数を増加させることによって、食欲を高めることも報告されています。
この効果の活性成分として、陳皮(チンピ)に含まれるフラボノイドの関与が示唆されています。

 【六君子湯とは】

六君子湯(りっくんしとう)は人参・白朮(または蒼朮)・茯苓・半夏・陳皮・甘草・生姜・大棗の8種の生薬で構成されています。
気力の低下(気虚)や胃腸運動の低下、消化吸収機能の低下した状態を脾胃気虚といいます。脾胃気虚を改善するために、気虚を補う補気薬(人参・朮・甘草)に、消化吸収機能を高める健脾薬(大棗・茯苓・陳皮・生姜)が使われます。半夏・朮・茯苓は利水作用があり、胃腸内の水分停滞(水滞あるいは水毒という)による症状(胃もたれ・吐き気・膨満感・胸やけ)を改善します。
これらの生薬を組み合わせて、より効果的に消化吸収機能を正常化させ、食欲低下や吐き気を改善する効果を発揮できるように作られたのが六君子湯です。
六君子湯の構成生薬のなかで、半夏・生姜・茯苓の組み合わせは、小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)という漢方薬になります。半夏と生姜はいずれも強い制吐作用(吐き気止め)があります。さらに胃内の余分な水分を取り除き消化吸収機能を高める茯苓を配合することにより、吐き気止めの効果を増強します。種々の原因での吐き気や嘔吐に効果があり頓服としてよく用いられ、抗がん剤による吐き気や嘔吐を軽減する効果も報告されています。
六君子湯には、胃排出能促進作用、胃粘膜血流増加作用、胃粘膜保護作用、消化管運動機能の改善作用などの効果が認められており、主に慢性胃炎や機能性ディスペプシア(functional dyspepsia)に対する有効性が多くの臨床試験で報告されています。
がん治療においても、がん患者の食欲低下を改善する目的で使用されています
六君子湯がグレリンの胃からの産生を高め、脳内のグレリン受容体を増やすことによって食欲を高める効果は、抗がん剤治療に伴う食欲不振を改善する有効性を示しています
5-HT3受容体拮抗薬と六君子湯を併用することは、抗がん剤による吐き気と食欲低下の治療に効果が期待できます
その作用機序から、胃を全摘出している場合には、六君子湯の食欲増進効果は低下する可能性があります。しかし、六君子湯はプラシーボを対照としたランダム化比較試験により、胃癌切除後の術後早期投与による術後逆流性食道炎の予防と入院期間の短縮が確認されています。胃切除術後の患者は一般的に虚証に陥りやすく、上部消化管運動の障害により腹部膨満感や不快感や食欲不振といった症状が起こります。このような病態にも消化管運動の改善作用と同時に体力や気力を増す六君子湯が有効です。
このように、抗がん剤や手術に伴う胃腸機能の低下や食欲不振などの症状に対しては、漢方治療は極めて有効な作用を持っています。病態や症状に合わせて理論的に西洋薬と漢方方剤を組み合わせることにより、食欲低下や吐き気に対する効果的な治療が可能となります。

図:シスプラチンなどの抗がん剤は小腸からセロトニンの分泌を刺激して吐き気や食欲低下を起こす。六君子湯はセロトニンによる胃からのグレリン分泌低下を阻止し、脳におけるグレリン受容体の量を増やす効果によって、抗がん剤による食欲低下を改善する効果が報告されている
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