放射線肺臓炎を予防する「涼血解毒活血湯」

【肺炎とは】
肺は鼻と気管支を通して肺胞に空気を取り込み、空気中の酸素を体内に取り込んだり老廃物の二酸化炭素を排出する「呼吸」を行う器官です。
気管支は分岐を繰り返して無数の細気管支になり、細気管支の先端に
肺胞(はいほう)がぶどうのように密集しています。この肺胞でガス交換が行われます。肺胞から取り込んだ酸素は間質(結合組織)にある毛細血管の中の赤血球に取り込まれて全身に酸素が運ばれます。
間質(かんしつ)とは血管やリンパ管や神経などがある結合組織です。肺の場合、気管支粘膜の上皮細胞や肺胞上皮細胞を支持する結合組織(線維芽細胞やコラーゲン線維や血管やリンパ管や神経などが存在する)です。(下図参照)

肺炎(pneumonia)とは肺の炎症性疾患の総称です。気管支に細菌感染などで炎症が起こると「気管支炎」と呼ばれ、肺胞に細菌や真菌などが感染すると「肺胞性肺炎」になります。
肺の間質組織に炎症を来す疾患を「
間質性肺炎(interstitial pneumonia)」あるいは「間質性肺臓炎(interstitial pneumonitis)」と言い、間質性肺炎が進行して結合組織が増えて線維化した状態を「肺線維症(pulmonary fibrosis、lung fibrosis)」と言います。間質性肺炎を引き起こす原因として、薬剤・膠原病(自己免疫疾患)・ウイルス感染・放射線などがあります。原因不明の場合も多くあります。
間質に炎症や線維化が起こるとガス交換機能が大きく障害されるので、呼吸困難(息切れ)が起こります。治療法はステロイドによって炎症や線維化を抑制することですが、一般的には治療が困難なことが多い病気です。

【放射線肺臓炎とは】
放射線肺臓炎(radiation pneumonitis)とは、放射線照射によって肺組織がダメージを受けて炎症や線維化が起こって発症する非感染性の肺の炎症です。基本的には間質性肺炎の所見を示します。
胸部にできたがん(肺がん、食道がん、乳がん、悪性リンパ腫など)に対して放射線照射を行った場合に、放射線治療中あるいは終了後(多くは6ヶ月以内)に発生します。
放射線の量や照射の広さや当て方などで炎症の程度は変わりますが、ある程度の線量を超えれば、例外なく放射線肺臓炎が起こります。例えば、肺に40グレイ(Gy)以上の照射を行えば、90%以上の症例において、照射野に一致して間質性肺炎が出現するとされています。その中には、重篤化して死亡に至る例もあります。
放射線治療に抗がん剤(ブレオマイシン、アドリアマイシン、ビンクリスチン、サイクロフォスファミド、塩酸イリノテカンなど)を併用すると肺臓炎の発生頻度が上昇すると報告されています。抗がん剤は放射線治療の効果を増強しますが、副作用も強くなるというデメリットもあります。

【涼血解毒活血湯による放射線肺臓炎の予防効果】
抗がん剤治療または放射線療法単独に比較して、両者の併用療法により有意に生存期間の延長が認められることが報告されており、今後、両治療法を併用する機会が増えてくるものと思われるます。しかしながら、その副作用として放射線性肺臓炎の発症も多数報告されています。胸部の放射線治療によって重篤な放射線肺臓炎が発症し、死に至る症例が1〜2%程度発生しているという報告もあります。
放射線治療中に生ずる急性放射線肺臓炎は、治療後に生ずる放射線肺臓炎とは異なり、高い死亡率を呈し、放射線治療では最も注意すべき副作用と考えられています。
ただし現在のところ放射線肺臓炎を予防する有効な方法は無く、早期に発見してステロイド治療を行うくらいしか対処法はありません。放射線肺臓炎が発症すれば、がんの治療もそこで中止せざるを得ないことになります。したがって、放射線肺臓炎を予防したり治療する方法があれば、それはがんの治療成績を高めることに寄与します。
涼血解毒活血湯」という漢方薬の一種が、放射線肺臓炎の予防に有効という報告がありますので、それを以下に紹介します。

Efficacy of Liangxue Jiedu Huoxue Decoction in prevention of radiation pneumonitis: a randomized controlled trial.(放射線肺臓炎の予防における涼血解毒活血湯の効果:無作為化比較対照試験)Journal of Chinese Integrative Medicine(中西医結合学報)8(7):624-628, 2010
【論文要旨】
研究の背景:放射線肺臓炎は胸部の腫瘍の放射線治療中に発生する最も多い副作用である。放射線肺臓炎は患者の生活の質(QOL)を低下させ、時には致命的になる場合もある。しかしながら、これを予防したり治療する有効な薬も治療法もまだ無い。
目的:中医薬の一種の
涼血解毒活血湯(Liangxue Jiedu Huoxue Decoction)の放射線肺臓炎に対する効果を検討することを目的とした。
方法:放射線治療を受ける肺がん患者100例を対象に、コントロール群(放射線治療のみ)50例と、涼血解毒活血湯併用群50例の2群に分けて、前向きランダム化(無作為化)比較対照試験を行った。
結果:放射線肺臓炎の発生頻度は、コントロール群が33.33%に対して涼血解毒活血湯併用群では13.04%であり統計的有意差を認めた(p<0.05)。涼血解毒活血湯併用群では、肺の炎症の程度は軽く、身体機能や生活の質の改善が認められた。
結論:涼血解毒活血湯は放射線肺臓炎の発生頻度を低下させ、肺のダメージや炎症の程度を少なくし、放射線肺臓炎の症状を緩和し、生活の質を良くする効果があることが示された。

この臨床試験で使用された涼血解毒活血湯の構成生薬と1日分の量は地黄(じおう)10g、川きゅう(せんきゅう)15 g,牡丹皮(ぼたんぴ)15 g,桃仁(とうにん)12 g,紅花(こうか)10 g,黄耆(おうぎ)15 g, 連翹(れんぎょう)15 gです。
地黄(じおう)はゴマノハグサ科のアカヤジオウ又はカイケイジオウの根で、骨髄機能を高め、体の潤いを高めます。炎症などの熱性疾患を改善する効果もあります。
川きゅう(せんきゅう)はセリ科のセンキュウの根茎です。体を温め、血管拡張・血行促進に働いて諸臓器の機能を促進します。
牡丹皮(ぼたんぴ)はボタン科のボタンの根皮で、血液循環を良くし抗炎症作用も有するので、炎症に付随する微小循環障害を改善します。主成分のペオノールやペオニフロリンには鎮痛・鎮静作用が認められています。タンニンを多く含み強い抗酸化作用をもちます。
桃仁(とうにん)はバラ科のモモの種子で、組織の血液循環を良くします。 
紅花(こうか)はキク科のベニバナの管状花を乾燥したもので、組織の血液循環を良くします。血液循環の改善作用は桃仁と併用して効能を強めます。
黄耆(おうぎ)はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根です。免疫力増強作用や強壮作用があり、病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。新陳代謝や血液循環を促進し、傷の治りを促進する効果があります。多くの臨床試験で抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高め、延命効果を示す事が報告されています。
連翹(れんぎょう)はモクセイ科のレンギョウの果実で、抗炎症作用や抗菌作用があり、熱性疾患や炎症性疾患に使われます。
中医学の用語で「
涼血」と言うのは、「血分の熱邪を清除する方法」のことで「熱や炎症を抑える(抗炎症作用)」ことです。「解毒」は「体内の毒素を排出すること」、「活血」は「血液循環を良くし、血液を浄化すること」です。つまり、「涼血解毒活血湯」というのは、熱や炎症を抑え、体内の毒素(活性酸素や炎症の産物)を除去し、血液循環を良くし血液を浄化することを目的とした処方と言えます。
放射線肺臓炎は、放射線によって発生する活性酸素によって肺の組織がダメージを受け、肺に炎症が起こっている状態です。放射線を肺に照射すると活性酸素が発生して肺の組織のダメージが生じ、TNF-アルファ、IL-1 、IL-6 などの
炎症性サイトカインが上昇し、これらのサイトカインの上昇が好中球を活性化し、活性化した好中球の肺への集積、エラスターゼの放出、肺血管内皮障害、肺血管上皮障害を順に引き起こして肺障害や炎症を引き起こすと考えられています。
このような炎症状態を抑える治療法としては副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)や免疫抑制剤のようなものしかありません。しかしステロイドも免疫抑制剤も、免疫力を低下させて、肺炎などの細菌感染症を発症させる可能性を高めます。
放射線は中医学では
熱毒と考えますので、熱を取り炎症を抑える治療が適していると考えます。また、活性酸素を消去する効果は放射線による組織のダメージを軽減し、血液をきれいにして血液循環を良くすることはダメージを受けた組織の回復を促進することにつながります。炎症性サイトカインの産生や好中球の活性化を抑える効果も放射線肺臓炎の治療に有効です。
地黄・川きゅう・牡丹皮・桃仁・紅花・黄耆・連翹という生薬は、抗炎症作用や活性酸素消去作用や血液循環を良くする作用があり、ダメージを受けた組織の修復を促進する効果があります。放射線肺臓炎の発症メカニズムの観点からも、これらの生薬の組み合わせが効く可能性は十分に納得できると思います。
胸部の腫瘍に対する放射線治療で放射線肺臓炎のリスクが高いときには、涼血解毒活血湯に含まれているような抗炎症・解毒・活血化お(駆お血)のような効能を持った生薬を主体にした漢方治療を併用する価値はあると思います

図:胸部の腫瘍に対する放射線治療の副作用として間質性肺炎(放射線肺臓炎)が高頻度で起こる。「涼血解毒活血湯」という漢方薬が放射線肺臓炎の発生を予防することが報告されている。

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